[第12話]資産が増えたとき、人はまた迷う ― 売りたい衝動と向き合った日

コロナショックから少し時間が経った。

相場はゆっくりと戻り始めた。

評価損だった銘柄が、

気づけばプラスに変わっている。

あれだけ赤かった画面が、

少しずつ緑に染まっていく。

嬉しかった。

正直に言うと、

少し誇らしかった。

「ほら、やっぱり持っててよかった」

そんな声が心の中に出てきた。

でも同時に、

別の感情も顔を出す。

――今、売った方がいいんじゃないか?

――もう十分じゃないか?

増え始めると、

人はまた揺れる。

恐怖とは違う。

今度は“欲”だ。

もっと増えるかもしれない。

でも、減るかもしれない。

利益が出ると、

それを失う怖さも生まれる。

暴落のときよりも、

静かで、やっかいな揺れだった。

このとき、僕は改めて思い出した。

自分のルール。

余裕資金でやる。

現金は半分以上残す。

旧つみたてNISAは止めない。

毎月33,333円。

あのとき決めたルールは、

暴落のためだけのものじゃなかった。

順調なときのためのものでもあった。

そして僕は、

何もしないという選択をした。

売らない。

増やしすぎない。

淡々と続ける。

画面を開く回数も減らした。

毎日の株価チェックをやめた。

やることはもう決まっている。

考えすぎない。

ルールの中で動く。

それだけだ。

この頃から、

投資は刺激ではなくなった。

ゲームでもなくなった。

生活の一部になった。

歯磨きみたいなものだ。

やらないと気持ち悪い。

でも、やっても興奮しない。

ただ、積み上がる。

ここでようやく、

僕は気づき始めていた。

投資は「勝つこと」じゃない。

続けることなんだと。

そして、

増え始めたこの時期に

もうひとつ思ったことがある。

“このお金は、どこへ向かうんだろう?”

まだはっきりとは言葉にできなかった。

でも、

増やす理由を考え始めたのは

この頃だった。

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