最近、スーパーの入り口でため息をつくことが増えました。入り口に並ぶ野菜の価格を見ては「先週よりまた上がったな」と呟き、卵のパックを手に取っては、その値段に一瞬手が止まる。17年間の自営業を経て、今はアルバイトで人生を再スタートさせている僕にとって、この「じわじわと家計を蝕む物価高」は、本当に手強い相手です。
かつての僕は、自営業がそれなりに順調だったこともあり、お金の使い方に対してどこか無頓着なところがありました。しかし、一度すべてをリセットし、時給で働く毎日を送り始めてからは、一円、十円の重みが以前とは全く違って感じられます。それでも将来への不安を解消するために、少額でもいいから投資は続けたい。そのために僕が真っ先にメスを入れたのが「食費」、特に外食との付き合い方でした。
1. 「コンビニは聖域」と決めて立ち寄らない
バイトの帰り道、夜道の暗がりの中でひときわ明るく輝くコンビニの看板は、恐ろしいほどの誘惑を放っています。「今日もお疲れ様」と語りかけてくるような新発売のスイーツや、レジ横から漂うホットスナックの香り。かつての僕は、頑張った自分への「小さなご褒美」という名目で、吸い寄せられるように毎日のように立ち寄っていました。
でも、今はここを「緊急事態以外は立ち入らない聖域」と決めています。
コンビニで何気なく買う500円前後の買い物も、一ヶ月続ければ15,000円。投資の世界で言えば、特定の銘柄を数株、あるいは投資信託の積み立てを大幅に増やせる金額です。バイト中に重い荷物を運び、汗を流して稼いだ時給の半分が、一瞬の買い食いで消えてしまう。そう冷静に考えるようになってからは、喉の渇きを少しだけ我慢して家でお茶を飲むことが、自分にとっての「正解」になりました。この浮いたお金が、僕にとっては将来の安心を買うための「種銭(たねせん)」になるんです。
2. 「外食」を卒業し、徹底して家で食べる
次に大きく変えたのは、外食をほぼゼロにしたことです。
以前は「付き合いだから」「疲れて作る元気がないから」と、週に何度も外で済ませていました。しかし、今の生活では外食は最大の贅沢です。外で千円払えば一食で終わってしまいますが、スーパーの特売日に千円分、豆腐や納豆、旬の安い野菜を買い込めば、工夫次第で二日、三日は食いつなげます。
バイトから帰って、クタクタの体でキッチンに立つのは正直楽ではありません。でも、おしゃれな料理じゃなくていいんです。買ってきた納豆を混ぜ、安かった小松菜をお浸しにし、炊き立てのご飯と一緒に食べる。そんな素朴な食卓ですが、自分で用意して食べるご飯は、不思議と外食よりも「お腹にたまる」気がします。
生活のサイズを思い切って小さくしてみて初めて、「あ、これだけで十分に生きていけるんだ」という静かな自信が湧いてきました。外食という「便利さ」にお金を払うのをやめることで、自分の生活を自分の手でコントロールしている実感が持てるようになったのは、大きな収穫でした。
3. 贅肉を削ぎ落とした先に見えた「投資資金」
食費を抑えるのと並行して行ったのが、いわゆる「固定費」の徹底的な見直しです。
スマホのプランを格安なものに乗り換え、なんとなく払い続けていた動画配信サービスや、以前の仕事の名残で放置していたサブスクリプションもすべて解約しました。自営業時代は、見栄もあって「ある程度のスペックは必要だ」と高い料金を払うのが当たり前だと思っていました。でも、再スタートを切った今の僕に、そんな余分な贅肉は不要です。
削れるものを徹底的に削ってみると、バイトの給料だけでも、将来のための投資に回すための数千円が、ちゃんと手元に残るようになりました。一見すると「切り詰めた寂しい生活」に見えるかもしれません。でも、僕の心は不思議と以前より安定しています。それは、無駄を削ったことで「自分にとって本当に大切なお金の使い方」が見えてきたからです。
まとめ:節約は「未来の自分への仕送り」
節約は、ただ我慢することではなく「自分の人生の優先順位をつけ直すこと」だと僕は思っています。今、コンビニを素通りし、外食を控えて貯めた数百円、数千円が、10年後の自分を助けてくれるかもしれない。そう思うと、毎日の自炊も、地味な節約も、すべてが「未来の自分への仕送り」のように思えてきて、なんだかワクワクしてくるんです。
再スタートを切った40歳の僕は、まだ何も成し遂げていません。でも、この物価高を自分なりに工夫して生き抜いているという事実は、将来に向けての大きな一歩だと信じています。
皆さんは、この物価高の中で、どんな「自分なりの守り方」をしていますか?
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